大藪龍介・加藤 哲郎・松富弘志・村岡到編『社会主義像の展相』(世界書院、1993年)所収論文。もともとは1992年末のフォーラム90s年次大会「社会主義の再構想」分科会の記録です。メールで寄せられた、社会主義をどう考えるかという疑問に、ひとまずお答えするものです。これを発表したあと、ここでとりあげた専修大学内田弘さんと『月刊フォーラム』誌上で楽しい論争となり、93年末のフォーラム大会では、直接二人で「市民社会」と「脱労働」を議論しました。そのフォーラム90sも、今年で雑誌刊行を終えることになりました(1997・11・25)


ほめ殺しと脱労働の社会主義

 

加藤 哲郎(一橋大学・政治学)


1 はじめに――言説としての「社会主義」

 

 本書は、一九九二年一二月六日に開かれたフォーラム90s大会分科会の記録である。当日の司会をつとめた者として寄稿を求められたので、私の個人的見解を述べてみたい。企画担当世話人・司会者として、当日は議論の交通整理に追われ、自説を述べることは差し控えたが、ここでは敢えて、当日の分科会名である「社会主義の再構想」よりも、本書の書名である「新構想=ニュー・デザイン」に即した私見を述べる。ただしそれは、一九九〇年五月のフォーラム90s第一回よびかけ人会議での私の記念講演「東欧市民革命と『社会主義の危機』」、同創立大会分科会「国家と民主主義」での私の報告や、私がこれまで発表してきた現存社会主義や社会主義思想についての発言(1)の延長上にある。

 「社会主義=Socialism」という言葉は、英語では、一八二七年にロバート・オーウェン派の機関誌で、労働者状態改善の言説として用いられたのが最初といわれる。フランス語の文脈では、一八三三年にP・ルルーが「個人主義」との対比でサン・シモン派の思想をさして用いたものが起源とされる。近年の書物でも、伊藤誠氏や和田春樹氏の著書には、そう紹介されている(2)。

 しかし、ドイツやイタリアでは、すでに一八世紀後半に、カソリック保守派がグロチウスやプーフェンドルフの自然法思想を攻撃するさいに「社会主義的」というレッテルを貼って非難したという記録がある(3)。K・マルクス自身が自己の思想を「社会主義」とよんだ用例はきわめてまれで、もっぱら「共産主義」と称した。「共産主義」の語は、中世キリスト教の共同体主義まで遡り、フランス革命期に流布したもので、マルクスに直接つながるのは、カベーのイカリア共和国のような財産共同体思想である(4)。

 要するに「社会主義」は、西欧語でもせいぜい二〇〇年ほどの、歴史的概念である。しばしば「社会主義」と対比される「資本主義」は、マルクス以降の言葉である。強いて両者を関係づければ、後に「資本主義」と特徴づけられるようになった市場的「自由」のもとでの弱肉強食・生存競争システムへの「平等・友愛」原理からの批判が「社会主義」であり、マルクスの時代には「ユー・トピア(=そこにないもの)」であった。そこでのポイントは、むしろ「主義」以前の「社会」の理解・イメージであった。

 「社会主義」の硬直化の一因となる「科学的社会主義」なる言葉も、一八四〇年代ドイツで、サン・シモン主義をさして生まれた(5)。それが後に、F・エンゲルスにより「ユートピア社会主義」と対比され普及するようになるのは、自然科学における進化論隆盛の時代だった。つまり、一九世紀の科学技術信仰、生産力主義が影を宿していた。そこで歴史学の川勝平太氏は、ダーウィンの自然観とマルクスの社会観の共通性、その両者と対照をなす今西錦司の自然学をトレースして、マルクスの「商品集積」概念を「物産複合」概念に組替え、諸民族の「棲む分け」を可能にする社会科学の新パラダイムを提言している(6)。

 日本の場合には、明治維新後の「Society=社会」という翻訳語を媒介として、さらにバイアスがかかる。日本に古くからある「世間」という言葉とはニュアンスを異にする、諸個人の自律的・水平的つながりとしての「ソサイアティ」という言葉は、その実体がない時代に日本にもちこまれ、福沢諭吉らは苦労して、当初は「会社」とか「人間交際」などと訳した(7)。 

 「社会主義」は、「欧化」の時代に加藤弘之らにより「ソシアリスメ」という一つの経済学説として紹介された後、一八八〇年頃から「独国社会党の説」などを示す訳語として定着してくる(8)。それゆえ、そもそも外来語の「社会」で日本を考えること自体に無理があり、むしろ「世間」に内在した社会科学を構築し将来を展望すべきだという西洋史学の阿部謹也氏の提言も、一理ある(9)。日本語のバイアスを伴い翻訳された「社会主義」は、中国に(逆)輸出され、いまや、残された数少ないレーニン=コミンテルン系譜の国家主義体制に体現されて「社会主義的市場経済」に変身しようとしている。

 私はしかし「世間主義」には立たない。「資本主義」ばかりでなく「国家主義」にも対置される(唯一ではない)概念として「社会主義」を位置づけ、かつ、それを「民主主義」概念の一構成部分と考える。これまでの著作では、旧ソ連・東欧の国家主義的社会主義との対比で、「社会中心主義」「市民社会主義」「自由社会主義」を提言してきた。それは、労働・生産・所有の領域に広がった「自由と民主主義」の概念に含まれるものであり、諸個人=人類=地球市民を主体とした「永続民主主義革命」への一階梯・一手段であると論じてきた。いわば、人間解放の究極的形姿は「民主主義」概念の側にあり、社会主義や共産主義の概念は、その一部分であると位置づけてきた。いわんや「全生産手段国有化」や「プロレタリアートの独裁」「前衛党」「民主主義的中央集権制」に根拠づけられた「現存した社会主義」は、「民主主義」の反対物にすぎなかったと考える。

 私の見解は、今年度のフォーラム分科会では、山口勇氏により「社会主義への労働者派的アプローチ」との対比で「市民派的アプローチ」と類型化された。必ずしも「労働者派」に対立するものでないという留保を加えれば、それは受け容れてもよい。そして、当日の議論を経たうえでも、「労働者派」を自認する論者の「社会主義」イメージはあまりに狭く貧しく、「再構想」にはなりえても「新構想」への道は険しいだろう、という感想を禁じえなかった。

 そこで、「新構想」への議論を挑発するために、ここでは敢えて、当日上田哲氏の発言で「大衆」という言葉で表現された「世間の常識」をくぐった、二つの媒介的社会主義像を提示してみたい。一つは「ほめ殺し社会主義」、いま一つは「脱労働社会主義」である。

 

2 「ほめ殺し社会主義」について

 

 「ほめ殺し」という言葉は、本書が刊行される頃まで生き残っているかどうかは定かでない。一九九二年後半の日本社会を揺るがした政治用語である。一九八七年の自由民主党総裁選挙にあたって、右翼日本皇民党が、当時の旧田中派代表竹下登の総裁選出を妨害するためにおこなった街頭宣伝活動をさし、竹下・金丸信はそれに手を焼き、暴力団の大物を介してその中止を要請したといわれる、いわくつきの政治戦術である。英字新聞では、smear campaign(中傷運動)、harassment campaign(いやがらせキャンペーン)などの訳語があてられている。

 左翼でも同じであるが、非難や中傷で相手を傷つける手法は、一般的にみられる。しかし「ほめ殺し」は、相手をほめたたえもちあげることにより相手をおとしめ傷つける高等戦術である。ただしそれが効果をもつには、いくつかの条件がある。その「ほめ殺し」宣伝の受け手に、言説の送り手と言説内容の従来のイメージとのギャップをきわだたせ、反対のメッセージが伝わるのでなければ、単なる支持の言説になる。感情移入を拒否した異化効果を持つのでなければ、意味がない。

 フォーラム90s一九九二年分科会の桐谷仁氏の報告で紹介されたラクロウ=ムーフの言説理論を応用すると、「ほめ殺し」とは、自己の言説と他者の言説を接合しようとする言説のようにみえながら、実は言説の過剰な一体化を敢えておこなうことによって、その言説の接合不能を受け手に容易に理解させ、言説の表層的意味とは反対のメッセージを伝え、差異化の効果をきわだたせる審問であり、ヘゲモニー行使の一形態である。皮肉や揶揄、風刺や反語法をも広い意味での「ほめ殺し」の手法と考えると、こうした言説は政治の世界では日常的である。

 ここ数年のアメリカ政府による日本市場への開放圧力は、一種の「ほめ殺し」とみなしうるかもしれない。新大統領ビル・クリントンは、「われわれは日本やドイツから大いに学ばなければならない」と強調しつつ、「彼らには国際社会への応分の負担をしてもらわなければならない」と「国際貢献」と日本資本主義の「リストラクチュアリング」を迫ってきているのだから。

 政治学者の佐々木毅氏は、「横からの入力」の概念で、日本の政治システムに作用する欧米やアジアの政治の役割に注意を喚起した。近著では、日本政治の閉塞のなかで着実にある種の変化をもたらした「外圧」を「健全野党としてのアメリカ」と表現している。つまり、日本国家の枠内での市民の要求・利益を実現する「健全野党」の欠如を、アメリカ政府は構造協議のなかで代位し着実に日本政府に実行を迫ってきた、というのである(10)。

 たしかにアメリカの「外圧」は、日本政治にさまざまな効果を及ぼしてきた。トイザラスの進出が近隣玩具小売商に打撃を与えたか、牛肉輸入自由化が北海道の畜産農家を壊滅に追いやったか、バーボン・ウィスキーやカリフォルニア・ワインが本当に安くなったかどうかという直接的効果は、ここでは問わない。アメリカ通商代表部は、周到に日本社会の現状と矛盾を分析し、日本の消費者・庶民の要求を代弁すると公言した。日本経済を支えた企業のパフォーマンスや労働者の勤勉・効率をほめたたえたうえで、世界市場ではそれは通用しないと問題提起した。日本を「世界一の債権国・経常黒字国」ともちあげつつ、その「国際的責任」「国際貢献」の履行を迫った。

 それは、日本の「利益なき繁忙」システムに、それなりの打撃を与えた。生産者主権に対する消費者主権・生活者主権、企業グループ間株式持合による法人資本主義に対する個人株主の配当性向の強調、過労死さえ生み出す働きすぎ企業社会に対する労働時間短縮やゆとりの意味の覚醒、何よりも、制度疲労を重ねて行き詰まった閉塞政治に対する政権交代を伴う政治再編への志向の強まりに、アメリカの「外圧」は、「健全野党」的効果を持った。無論、土地や株のバブル景気を誘発したプラザ合意以後の円高、湾岸戦争への一人当り一万四千円の拠出金引出しをも伴ってではあるが。

 その帰結が、宮沢内閣の『生活大国五か年計画』であり、国民生活審議会の『ゆとり、安心、多様性のある国民生活を実現するための基本的方策――個人の生活を重視する世界へ』であった。財界総本山の経団連までが、「共生」をキーワードにしはじめた。

 日本政府の側は、アメリカの対日要求を「ほめ殺し」と認識したわけではない。しかし、それが日本国民の不満とも結びついているがゆえに、応じざるをえなかった。無論、その政策転換の多くは、リップサービスにすぎない。『生活大国五か年計画』の目玉である労働時間の年一八〇〇時間への短縮は、バブル崩壊による残業減少で近づいたかにみえるが、労働基準法改正案は、抜け穴だらけである。東京近郊の通勤電車乗車率を現在の二〇〇%から一八〇%にするというのは、目標そのものが涙ぐましい。第一、地球環境危機の時代に「生活大国」などというスローガン自体がおぞましい。内実は、欧米摩擦を回避しての再版大東亜共栄圏=アジア太平洋経済圏の拠点づくりである。

 にもかかわらず、それは政治的言説の世界で意味を持つ。政治にリップサービスはつきものである。そのリップサービスも政治的機能をもつ。日本国憲法がどれほど現実離れしていようと、その国民主権に究極の正統性根拠をもつ政治と、天皇元首化・自衛隊軍隊化を明記した改悪憲法下での政治とでは、日本の庶民にとっても、カンボジアに「派遣」された自衛隊員にとっても、アジアの民衆にとっても、雲泥の差がある。日本の民衆は「健全野党アメリカ」に依拠して、政府の国際公約が守られるかどうかを監視しながら、政権交替の代償効果を味わうことができる。宮沢内閣の護憲派風ポーズさえも、左翼やマルクス主義の存在空間を、まがりなりにも保証しているのである。

 「社会主義」をめざす勢力は、こうしたメカニズムにどう対応すべきか? たとえば、盛田昭夫氏の「『日本型経営』が危ない」(『文藝春秋』一九九二年二月号)をとりあげよう。世界的多国籍企業ソニーの会長である彼が、社会主義や共産主義を嫌っていることは、明らかである。労働者や庶民の生活を気遣っているわけでもない。その彼が、世界市場のなかでの日本企業の生き残りのために、労働分配率の引上げや労働時間短縮が必要だという。無論それは、前川レポート・新前川レポート・日米構造協議最終報告書に盛り込まれた内需拡大・市場開放を前提としている。だから賃上げや労働時間短縮も、新たな国内市場開拓の動機と結びついていることは疑いない。

 問題は、その先にある。彼が国際資本の利益の体現者であるからその議論の欺瞞性を暴き攻撃するのか、それともこのさい、彼の狙いがどうあれ、労働分配率向上=賃上げは結構、労働時間短縮は大賛成、ソニーが率先して実行せよ、と「ほめ殺し」風に迫るのか? 日経連と盛田氏が論争したり、リップサービスにすぎないとソニーの現場労働者が怒ったとしたら、それは「社会主義」にとって、大いに結構なことではないか? 時には揶揄し、時には軽やかに風刺をきかせ、時にはゆとりをもってほめ讃え、おおらかに「市民社会の成熟」を求めることこそ、今日「社会主義」に必要なことではないか? それが結果として資本主義を延命させても、自殺においやっても、より自由で人間的な「社会」に近づく一ステップならば、それはそれで大いに歓迎すべきではないか?

 やや迂回して述べてきたが、「ほめ殺し社会主義」とは、こうである。現存する資本主義の矛盾のなかで、普通の人々が日々生活世界のなかで悩み苦しんでいる問題に、抜本的解決でないにしろ、より人間的な方策を享受できるようにすることが「社会主義」思想・運動の原点であった。それについてマルクス、エンゲルス、レーニン、スターリンらがどんなことを言ったかは、「社会主義」にとっては本質的な問題ではない。資本主義のもたらすさまざまな矛盾・差別・不公正にとりくみ、市民社会的要素、より自由で協同的な社会関係をきずいていくことこそが、「社会主義」の原点ではなかったか? 革命か改良かと理論的に論じるよりも、資本や国家のリップサービスをおおいにほめたたえ、まずはこの日本に「世間」ではなく「社会」を拡大し、「社会主義とは何か」を再考すべきではないか? 今日の「社会主義の危機」はそこまで深刻なことを、自覚することから出発すべきだろう。

 

3 「脱労働社会主義」について

 

 「社会主義=ソシアリズム」の土台は、「国家」ではなく「社会」である。それでは、社会主義の土台となりえ、かつ民主主義と接合しうる「社会」とは、いかなるものであるのか? 私自身は、まずは「市民社会」の原理を生産領域にまで及ぼすものとして「市民社会主義」を提唱してきた。

 だが、「市民社会」とは何か、それが資本主義・社会主義とどう関係するかは、旧くて新しい問題である。欧米でも近年「市民社会」論の復活がみられるが、わが国ではドイツ語のBurgerliche Gesellschaftの訳語問題もあって、平田清明『市民社会と社会主義』に代表されるように、この問題がさまざまに論じられてきた。

 私の場合は、ヘーゲル、マルクス的系譜よりも、むしろA・グラムシの「市民社会」概念やJ・ハーバーマスの「市民的公共性」論に学んで、「市民社会」を理解してきた。西欧では、ソ連・東欧型社会主義の崩壊を「市民社会の形成」で捉える視角が、改めて復興してきている。しかし、最近のわが国では、こうした論調への疑問や批判もみられる。

 例えば経済学の内田弘氏は、「日本資本主義がいま開始している<洗練>は、市民社会の要求にさまざまな事業形態で応え、『市民社会的資本主義(ソシオ・キャピタリズム)』になるという戦略である」「『市民社会』も企業や官僚の政策のキーワードになりはじめている。日本は市民社会ではないから、うんねんという『革新派』のくりかえされてきた発言はもう彼らの目や耳に十分入っている。早晩、『市民社会』という用語を彼ら固有の用語に使い始めるだろう」と、「形成しつつある市民社会をむさぼる日本資本主義」に対して「『市民社会が未成熟な日本資本主義』というシェーマは有効ではない」と、論じている(11)。

 私は「日本における市民社会の未形成」を論じてきた立場から、この内田氏の主張に、いくつかの点で疑問を持つ。一つは事実認識のレベルであり、ついで価値認識のレベルであり、最後に社会主義像のレベルである。これらが、「脱労働社会主義」と関係する。

 第一に、事実認識のレベルでの疑問である。内田氏の論文「日本資本主義の<洗練>」は、こう書き出されている。「『過労死』『サービス残業』という、もともと社会運動の経験から生まれてきた用語がいまでは日常語になり、労働省、通産省などの各種の政府白書にも用いられるようになってきた。驚くのは、ジャーナリズムだけでなく官僚が過労死やサービス残業という用語を使い始める、そのすばやさである。……政府や企業は社会運動という形で提起される問題に明敏に反応するようになってきたのである」と。

 これは、本当なのだろうか? 私が読んでいる限りでいうと、「過労死」は『労働白書』に登場したことはない。平成四年版でいうと『労働白書』にも『通商白書』にも『経済白書』にも『国民生活白書』にもでてこない。労働省編集の『労働時間白書』にも『日本の労働政策』にも出てこない。かつて平成二年版『労働白書』の特集「勤労者をめぐる環境変化と勤労者生活充実の課題」で「職業ストレス」がとりあげられた程度で、わずかに経済企画庁国民生活局編『個人生活優先社会をめざして』(一九九一年一二月)に「突然死」として出てくるのが、「過労死」を連想させる政府文書の言及である。

 「サービス残業」については、確かに労働省労働基準局賃金時間部労働時間課『労働時間白書』(一九九二年一二月)などで主題的にも分析されているが、『労働白書』に登場したのは、ようやく平成四年版からであった。それも「ホワートカラーのあいまいな時間管理」に関連してで、お世辞にも「明敏」とはいえない。実際には、労働省は過労死の労災認定に消極的で、認定基準はきわめて厳しい。実際の過労死犠牲者年約一万人のうち三〇件程度である。サービス残業規制や労働基準法抜本改正についても、労働省がいかに及び腰であるかは、別稿で詳しく述べておいた(12)。

 私の認識では、政府や企業が社会運動の提起する問題に「すばやく」「明敏に」対応しているとはとても思えない。「明敏」なのは、貿易摩擦がらみの「外圧」に対してであり、そのさいにも、欧米への対応とアジア諸国への対応とでは、暗黙の差別化が行われている。

 第二に、支配層内部の分派と矛盾の認識と評価である。内田氏は、エッソ、本田技研、松下電器などの「時短先進企業」の存在や西武セゾングループ堤清二氏の「生活総合産業」「ネットワーク産業」の構想などをあげて、「日本資本主義はいま、市民社会の要求を実現すると期待されてきた社会主義に代わって、市民社会の要求を実現する戦略を樹立し、市民社会を吸着して変容しつつある」という。盛田昭夫氏の提言もそこに位置づける。日本型経営の「保守派」に対する「革新派」がそこに台頭しつつあり、その戦略が「市民社会化・洗練」であるから「市民社会」は日本資本主義の批判基準として有効性を失ったという。

 私も、日本資本主義に「保守派」「革新派」などの分派があり、その将来構想に違いがあることについては、内田氏と認識を共にする。同じことは、財界内部ばかりでなく、財界と政府官僚制のあいだ、官僚制内部についてもいえる。たとえば政府のなかでも、大蔵・通算官僚と労働省や文部省の官僚とでは、大きな違いがある。

 しかし、そのなかのメインストリームをどのように把握し、トータルな動きをみるかでは、内田氏とはニュアンスを異にする。私は、堤清二・盛田昭夫風の思考や言説がメインストリームになったとは思わない。また、たとえそれが国内でメインストリームになっても、「日本型経営」がどこまでグローバル化し、どの程度に<洗練>されるかについては、疑問を持っている(13)。日本資本主義の中核は、「法人資本主義」とよばれる特異な所有構造によって特徴づけられるが、この構造は、市民的公共性を基軸に形成される「市民社会」とは親和性をもちにくい、高度な物象化メカニズムをビルトインしている(14)。

 このことは、二つ目の論点、価値評価に関わる。その一つは、さきに「ほめ殺し」として述べたものである。内田氏は、政府や官僚が「市民社会」といいだしたので「市民社会」は民衆の抵抗拠点になりえなくなったと考えているようだが、私はむしろ、それ自体が市民的社会運動の大きな成果であり、むしろそれを奨励し監視すべきだと考える。同時に、彼らが「市民社会」を実現しうるか否かの問題、つまり「市民社会の成熟」のイメージについては、彼らの言説の消費主義的性格を指摘しつつ、内田氏のいう「オールタナティーヴな市民社会」を具体化していけばいいと思う。

 もしも内田氏が述べるように、政府や財界が「市民社会」を多用するようになったのなら、それは「市民社会」が政治的言説世界におけるヘゲモニー闘争の主舞台になったことを意味し、歓迎すべきである。問題は、それを「彼ら固有の用語」にさせないことであり、「市民社会の成熟」の枠内で、その内容と質についての言説的闘争を深化し、ヘゲモニーを行使すべきなのである。

 内田氏は「日本資本主義の<洗練>」を、サン・シモン主義者ミシェル・シュヴァリエが一八六七年のパリ万国博覧会を指導し、「万物の商品化」「産業宗教」に帰結していったエピソードを引いて、警告している。「マルクスやレーニンの思想も市民社会の発達と要求を促す栄養素となり、その発達と要求を経営資源とするところまで、資本主義はタフになっている」と。

 この点では私は、逆に自由主義者R・ダールの理論的転回を想起する。アメリカ多元主義政治学の代表的理論家であった彼が、トクヴィル的民主主義の徹底を求めて思考を重ね、たどりついたのは、私的所有権と企業経営のあり方が多元主義的民主主義の障害となる問題だった。彼はそこから、企業活動への市民的規制と自主管理企業の構想にゆきついた。そして彼が理想的民主主義として構想する社会は、資本主義とよばれようと社会主義とよばれようとどうでもいいではないか、という境地に達する(15)。

 この観点からすれば、マルクスやレーニンのあれこれの言説にこだわらなければ、それが資本主義の経営資源とされることに、いかなる問題があろうか? むしろ「社会主義」についての言説がマルクスないしマルクス主義者の独占物であるとする発想からの脱却こそ、いま求められているのではなかろうか? かつて「ブルジョア民主主義」に「プロレタリア民主主義」なる概念を対置して無残に失敗した愚を、日本の左翼は、「市民社会」の言説の台頭のなかで、どのように教訓とすべきかが、問われているのである。グローバルな情報と言説の氾濫のなかで、タフになるべきは、左翼なのである。

 最後に、「市民社会」と「社会主義」との関連である。実はこの点こそ、私が内田氏の論稿に注目した主要な理由である。内田氏はかつて、生産力主義批判の文脈で「『労働時間』と『自由時間』の垣根をとりはらうことの重要さ」を指摘し、マルクス『経済学批判要綱』の解読のなかから「『自由時間』における諸運動でこそ、さしあたって、資本が人間を社会的に統合する原理にかわる新しい人間の連合の社会的原理が具体的闘争内容に即して、模索されている。『新しい文明モデル』としての社会主義社会の人間的な連合の原理の萌芽である」と述べていた(16)。

 私は内田氏の仕事から、そうした視点を学んできた。ところが先に疑問を呈した氏の最新の論文では、「企業がいまでは環境問題を経営資源としてビジネスに取り入れている。さらに、社会運動家とタイアップして事業を展開している」ことに、危機観をもっている。いわば、「自由時間と労働時間の垣根をとりはらう」ことは実現しつつあるが、それが資本主導で社会運動が呑込まれる方向に向かっていることに、危惧を感じているようである。

 私は逆である。市場関係のなかに環境イシューが入り込み、エコ・ビジネスや第四セクターが広がることは、内田氏の危惧する社会運動の制度化や連合(アソシアシオン)原理の商品化につながりうるにしても、それは「市民社会の成熟」への一ステップであると考える。国連で「持続しうる成長」がキーワードになり、排気ガスが法的に規制され、フロンの世界的廃絶が市場を媒介してでも進むことは、好ましいことだと考える。

 なぜならば、私の考える「市民社会」の基礎は、自然との共存であり、自由時間・空間領域の拡大であり、市民的公共性の地球大への拡大と所有・生産領域への深化である。過労死・長時間労働の日本に限らずとも、労働時間を短縮し、自由時間や社会的時間を拡大する、市民の時間主権・空間主権こそが、オールタナティヴな市民社会の成熟と民主主義の前提をつくりだす、と思う。社会運動が切り開いた自由と友愛の領域に資本が入り込み、市場経済に媒介されるようになるのは、ある程度は不可避である。むしろ、そのなかで、社会運動や協同組合運動は、資本主義企業の提供する消費主義的商品とは異なるいかなる質と量のサーヴィスと協同イメージを提供しうるかが、問われるのだと思う。そこでは文化的遺産を刻印されたそれぞれの市場のルールのあり方と、それを規制・制御する政府の役割が、あらためて「市民社会」の側から問われるだろう。「成熟した市民社会」の土俵で生産と消費のあり方が審問され、むきだしの利潤追求の論理が通らなくなることこそ、ある意味では「社会主義」のめざしたものではなかったか?

 もっともこの点は、内田氏も「理念や批判基準としての市民社会だけでなく、形成されつつある市民社会の分析、現実化しうる実態としての市民社会の研究が必要である。しかも、その研究を通じて、従来の理念としての市民社会の概念規定も変わるだろう。現実との対決と交流をもつ理念であってこそ、存在価値がある」と述べて、「日本における市民社会の自己形成と要求の質」を問題にしているから、私と内田氏との距離は、そんなに遠くないのかもしれない。

 問題は、さらに先にある。内田氏もかつてとりあげた、労働と疎外・解放の関係である。「市民社会」において、労働はいかなる意味をもつのか? 労働は「疎外」されなければ「喜び」であるべきであり、永続的に「人間解放の拠点」なのか? 「社会主義」とは、労働者が資本から解放され自分たちで生産力を組織し高めていくことにあるのか? むしろ、社会主義の主体は労働者階級であると考える発想の転換が、求められているのではないか?

 しばしば語られるように、現代の政治的言説世界の闘争は、必ずしも階級的審問を基軸にしたものではない。むしろ、民族・エスニシティや環境生態系・女性問題、情報制御やライフスタイルにシフトしてきている。こうした事態を、「社会主義」を構想するものはどう見るべきなのか?

 マルクスを含む一九世紀社会主義を今日の時点で振り返ると、工業生産力発展への信仰、科学技術進歩への過剰な期待を見いだすのは容易である。しばしばサン・シモンの産業主義からマルクスの一国一工場論、レーニンのシンジケート組織型国家論への流れが摘出され、告発されるゆえんである。無論、マルクスには別の文脈も存在した。例えば労働時間の短縮を労働者階級解放の絶対条件とみなし、協同組合型社会関係に力点をおいた叙述もある。オーウェンやウィリアム・モリスが再評価されるのも、同じ文脈である。

 だが、この問題の位相は、資本主義か社会主義かといったレベルに留まらない。むしろ西欧に発する近代とは何か、生産力とは何か、労働は疎外されていなくてもそもそも人間の本質たりうるか、といったレベルにまで及ぶものである。いいかえれば、資本主義が今日かかえる問題とダブらせての人類史の再検討であり、「マテリアリズム=Materialism」が日本語で「唯物論」とマルクス主義風に訳されても、「物質主義」とエコロジー風に訳された場合でも、さけて通れない問題なのである。

 この問題のレベルで、現存した社会主義は、二重の負荷を負っている。一方で、現存資本主義の達成に遠く及ばなかった工業生産力の低さ、効率と生産性の劣悪さゆえに、民衆は市場経済と消費社会を志向し独裁国家を崩壊させたのだ、とされる。他方で、「資本主義においつきおいこせ」という目標をかかげ、「あふれるばかりの物質的富」を構想した、そのこと自体の問題も、指摘されている。前者のみならば、マルクスがそうであったように、「本来の社会主義」は高度に発達した資本主義の土台の上にのみ展望される、一国革命ではなく世界革命が必要だったのだと、問題を先送りして済ませられるかもしれない。しかし、後者の問いに対して、従来の社会主義思想も運動も、真正面から答えてはいない。

 私は、いま社会主義の思想と運動に求められている深刻な問いとは、実は、この近代産業主義に対するスタンスのレベルにあると思う。社会主義は、近代を超える思想であったのか、それとも「もう一つの近代」にすぎなかったのかが、厳しく問われていると思う。だからこそ、かつて「友愛党宣言」を発した中西洋氏は、「社会主義」を「近代への近代主義的批判=究極の近代主義」と位置づけ、「<遊び>あるいは<仕事>の復位」を唱えているのではないか(17)。エコロジー運動やフェミニズムが「社会主義」にうさんくささを感じとるのも、そこではなかったか? 女性のほとんど見えないフォーラムの分科会会場を見渡して、こんな感想を禁じえなかった。

 敢えて問題提起するならば、「社会主義」は、労働・生産レベルでいかに市民社会と民主主義の理念を実現しうるかを追求すべきであるが、同時に、その限界そのものをもみつめる<複眼的視角>が必要だと思う。別言すれば、「社会主義」は、国家レベルから社会レベルへと改めて立ち戻ることと同時に、労働時間・空間中心の社会から自由時間・社会的時間、自由空間・社会的空間の方へとオールタナティヴの基軸を移し、敢えて「脱労働の社会主義」「脱産業主義・脱生産力主義の社会主義」を大胆に構想すべき時ではないか? そのためには、有史以来の人類の営為、人間と自然との関係を根本的に問い直し、労働中心の近代的世界観・歴史像を洗い直し、近代工業生産力発展の人類史にはたした役割を再考する、<野蛮な><洗練されない>問いかけをも、ためらうべきではないのではないか?

 このような思考実験を重ねることこそが、私がいま「社会主義の新構想」のために必要だと考えていることである。


 <注解>

(1) 加藤『社会主義と組織原理 �氈x窓社、一九八九年、『東欧革命と社会主義』花伝社、一九九〇年、『社会主義の危機と民主主義の再生』教育史料出版会、一九九〇年、『コミンテルンの世界像』青木書店、一九九一年、『ソ連崩壊と社会主義』花伝社、一九九二年、など参照。

(2) 阪上孝『フランス社会主義』新評論、一九八一年、伊藤誠『現代の社会主義』講談社文庫、一九九二年、和田春樹『歴史としての社会主義』岩波新書、一九九二年。

(3) Wolfgang Schieder, Sozialismus, in, Geschichtliche Grundbegriffe, Stuttgart.

(4) W.Schieder, Kommunismus, ebenda.

(5) W. Schieder, Sozialismus, a.a.O.  Hans Pelger, Was verstehen Marx/Engels und einige ihrer Zeitgenossen bis 1848 unter "wissenschaftlichen Sozialismus", "wissenschaftlichen Kommunismus" und "revolutionarer Wissenschaft"?, in,Wissenschaftlicher Sozialismus und Arbeiterbewegung, Trier 1980.

(6) 川勝平太「社会科学の脱領域化」『講座 社会科学の方法�T』岩波書店、一九九三年。

(7) 加藤『社会と国家』岩波書店、一九九二年。

(8) 山泉進『思想の海へ、社会主義事始』社会評論社、一九九〇年。

(9) 阿部謹也『西洋中世の愛と人格』朝日新聞社、一九九二年。

(10) 佐々木毅『いま政治になにが可能か』中公新書、一九八六年、『政治はどこへ向かうのか』同、一九九二年。

(11) 内田弘「日本資本主義の<洗練>――『市民社会づく』日本資本主義」『情況』一九九三年二月号。

(12) 加藤「過労死とサービス残業の政治経済学」『月間フォーラム』一九九三年六月号。

(13) 『季刊 窓』誌上での国際論争「日本的経営は世界になにをもたらすか」をまとめた加藤哲郎=R・スティーヴン編訳『日本的経営はポスト・フォード主義か(日英対訳版)』窓社、一九九四年、参照。

(14) 水林彪「現代日本の所有問題とその歴史的文脈」日本法哲学会編『法哲学年報・一九九一 現代所有論』有斐閣、一九九二年、参照。

(15) R・ダール『経済デモクラシー序説』三嶺書房、一九八八年、加藤「現代マルクス主義とリベラリズム」『レヴァイアサン』一三号、参照。

(16) 内田弘『危機の文明と日本マルクス主義』田畑書店、一九七四年。

(17)  中西洋「<労働する人>から<遊ぶ人>へ――<友愛>原理下の人と社会」東京大学経済学部ディスカッションペーパー、一九九三年一月。なお、今村仁司『仕事』弘文堂、一九八八年、同『理性と権力――生産主義的理性批判の試み』勁草書房、一九九〇年、A・ゴルツ『エコロジー共働体への道』技術と人間、一九八五年、P・エリティエ『オルタナティヴエコノミーへの道』大村書店、一九九一年、杉村芳美『脱近代の労働観』ミネルヴァ書房、一九九〇年、J.Shore, The Overworked American---The Unexpected Decline of Leisure, Basic Books1991,  H.Appelbaum,The Concept of Work---Ancient,Medieval,and Modern, Albany 1992,  R. Pirker, Zeit, Macht und Okonomie---Zur Konstitution und Gestaltbarkeit von Arbeitszeit, Campus 1992, をも参照。



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