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■「戦争は一人、せいぜい少数の人間がボタン一つ押すことで一瞬にし
て起せる。平和は無数の人間の辛抱強い努力なしには建設できない。このことにこそ、平和の道徳的優越性がある」(丸山眞男 )、■震災・原発情報リンク「IMAGINE!
イマジン」)、■加藤「『国際歴史探偵』の20年」、加藤編『ゾルゲ事件史料集成——太田耐造関係文書』 全10巻(不二出版、2018年7月第1巻所収、加藤解説「ゾルゲ事件研究と『太田耐造文書』」),.「日本のコロナ対応にみる731部隊・100部隊の影」,
情報の海におぼれず、情報の森から離れず、批判的知性のネットワ ークを!
「戦後80年」を「戦後50年」に立ち返って、戦争体験を検証し継承する

2025.7.2 ● 更新用パソコンのDeramweaverがいきなりショートし、ほとんど完成していた7月1日付け本文が失われました。いくつかの深刻なハグも見つかり、ソフトの再インストゥール。1日遅れの更新です。異常気象によるものでしょうか。日本ばかりでなく、世界全体で酷暑の夏が到来しているのを見ると、この「異常」こそ正常で、これまでの「正常」の座標軸が変わったのではないか、と思わざるをえません。政治の世界でも、そうです。19世紀から20世紀・21世紀と積み上げてきた国際協調の世界秩序が、一人の政治家の狂気のきまぐれによって、破壊されようとしています。「正常と異常」と同じように、「正気と狂気」の分界線が、壊れたかのようです。「戦後80年」の日本の行方は、世界史の大波に翻弄されています。
そのもとで、「戦後80年」を考えるには、一度30年前の1995年「戦後50年」に立ち戻って、そこで何が語られ、何が見逃され、何が受け継がれたかを確認すべきではないか、というのが、私が7月1日付け原案で書いていたことです。理由は、二つありました。一つは、「戦後50年」には、1945年敗戦時に20歳だった人が70歳になり、原爆・空襲・疎開などの被害体験ばかりでなく、朝鮮・台湾の植民地支配、大陸での三光作戦・細菌戦・毒ガス戦、名誉の戦死どころか食糧補給もなかった空腹・飢餓と感染症の蔓延など、加害体験を含む悲惨な戦争体験を多くの人々が語るようになり、新聞・雑誌・テレビでも、多くのドキュメンタリー、手記・証言が発表されました。その数は膨大です。朝鮮半島や中国・台湾・東南アジアからの、日本の加害の記録も多く、蓄積されてきました。
● しかも第二に、その5年前の竹下内閣期の全国全市町村に各1億円をばらまく「ふるさと創生事業」の一部として、金塊1億円や箱物作りとは異なる無難で堅実な使途として、自治体史編纂が進められていました。その村の歴史、町の歴史に、多くの普通の人々が、ひもじく厳しかった戦争体験と対照的な、戦後の高度経済成長と「豊かさ」を上塗りし、郷土史の近現代編や自治体広報などでも、無数の記憶・証言が文字や音声・映像になり、記録に残されました。体験を語る生存者が高齢化し数少なくなった「戦後80年」には、その貴重な生き残りの記憶の記録化も重要ですが、1995年が阪神淡路大震災・オウム真理教事件の年であったとともに、「インターネット元年」「ボランティア元年」であったことを思い起こし、30年前の貴重な証言・記録を再検証するとともに、生成AIをも使って膨大なデータの保存・数量化・分類、公共的デジタル・アーカイフ構築が可能となるのではないか、という問題提起です。
● その実例として、私自身が取り組んでいるのは、ちょうど30年前の1995年6月1日のテレビ朝日ニュースステーションで放映された、「ある戦後50年 医師・可児和夫」という番組の主人公「可児和夫」の探索です。可児和夫は、1904年岩手県生まれ、旧姓盛岡中学(現盛岡一高)から東京帝大法学部卒、さらに九州医専(現久留米大学医学部)で医学を学び、妻子を日本に残して1936年ドイツに留学、在ベルリン日本人会主事から、第二次世界大戦中は中外商業新報(現日経新聞)、朝日新聞のジャーナリスト、1945年5月ドイツ敗戦時は読売新聞特派員でした。在欧日本人のほとんどは、シベリア鉄道・満州国経由日本へ帰国しましたが、可児和夫は、音楽家近衛秀麿らとともに、ドイツに残りました。そこでソ連軍に捕まり、1945年7月から50年2月まで、ベルリン近郊のもともとナチスの強制収容所をソ連軍が占領して受け継いだザクセンハウゼン捕虜収容所で、まともな尋問もなしで長い収容所生活を送りました。東西ドイツ分裂国家成立で、50年にようやく解放され、日本の家族と連絡もとられましたが、そのまま毎日新聞初代ベルリン特派員として、東のベルリンから西のボンに移って残留、西独では、日本大使館のドイツ語の仕事やドイツのラジオ・テレビ放送に日本通の評論家として出演、ついに日本には一度も帰らず、ケルンでベルリンの壁崩壊、ドイツ統一を見て、1996年に死去しました。貴重な戦争・捕虜体験と数奇な人生を歩んだ日本人です。
● 可児和夫の戦後ソ連軍ザクセンハウゼン収容所体験は、『文藝春秋』1951年2月号に、可児自身の手記「一日本人の体験した25時ーー東独のソ連収容所の地獄の記録」として発表されています。そこで医師として多くの捕虜を励まし生きる希望を与えたことが、ドイツ語でも報道されました。幼時に日本で分かれた息子の可児秀夫は、江戸川乱歩賞作家「梶龍雄」になり、多くの推理小説をドイツの瞼の父に贈りながら、1990年には亡くなりました。ちょうど東欧革命・冷戦崩壊からドイツ統一の時期で、かつてザクセンハウゼン収容所で可児和夫に救われた人々が、可児の所在と存命を見出し、ドイツのメディアで大きく取り上げられて、1995年、久米宏・小宮悦子のテレビ朝日ニュースステーション「戦後50年」特集で、同じ体験をした旧友たちとの再会と、車椅子でのザクセンハウゼン収容所跡再訪が実現しました。同年12月8日、日米戦争開戦の日の日経新聞文化欄には、可児和夫を「ドイツの父」として慕ってきた在独日本人ジャーナリスト中島英子さんの「絶望収容所に温顔の医師」という記事も、掲載されました。その中島さんが、96年の可児和夫の死後、多くの資料と日記を遺贈され、その生涯全体を調べて、「戦後80年」に記録に残そうとしています。
● たまたま私が日独関係史を研究・執筆し、しかも可児和夫と同じ盛岡一高出身ということで、本「ネチズンカレッジ」経由で、著名なピアニスト、スタニスラフ・ブーニンの日本人夫人となった中島英子さんから、岩手時代の調査依頼がありました。それを、岩手在住の元毎日新聞記者であった私の友人に協力してもらい、宮沢賢治の弟清六と旧制中学で同級であった可児和夫の、誕生から青年時代がようやく明らかになりました。その中間報告は、この友人の力を得て、『岩手日報』2022年2月20日付けの大きな記事になりました。中島ブーニン英子さんの可児和夫評伝も、ようやく書物になりつつあった「戦後80年」の6月、ここ数年癌と闘病してきた友人は、力尽きて、天に召されました。本カレッジの熱心な読者で批評家でもあった友人の死は、私にとって大きなショックで、喪失です。3年ぶりで東北新幹線に乗り、友人のキリスト教花巻教会での葬儀にでてきましたが、同じく闘病中・リハビリ中の私にとっても、心身の負担の大きい、いのちの重みを考える、「戦後80年」の夏になりました。本カレッジの今後についても、改めて、考えていくつもりです。
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獣医学の小河孝教授とコラボした共著『731部隊と100部隊ーー知られざる人獣共通感染症研究部隊』(花伝社)に続いて、2024年9月に、獣医学者の小河孝さん、歴史学者の松野誠也さんと共著で、『検証・100部隊ーー関東軍軍馬防疫廠の細菌戦研究』という書物を刊行しました。やや高価な学術書ですが、本サイトに幾度か寄せられた、旧100部隊員の遺言を受けた「匿名読者」との対話編も入っていますので、多くの皆さんに読んでいただければと願います。さらに共著の私の担当分「第3章 情報戦としての細菌戦」の一部を、映像や画像で読みやすくアレンジした
愛知大学オンライン「平和学」講義資料にしたところ、731部隊・100部隊に関心を持つ中国やロシアを含む受講者に、大変好評でした。
● 2024年6月1日(土曜日)、東京・目白の学習院大学で、日本平和学会の平和文化研究会として、尾崎・ゾルゲ研究会もコラボして、劇団民芸・木下順二作「オットーと呼ばれる日本人」の合評会を兼ねた研究会を開きました。第6回尾崎=ゾルゲ研究会(OS通信号外)となります。 ● 第6回 尾崎=ゾルゲ研究会研究会 「尾崎=ゾルゲ事件と『オットーと呼ばれる日本人』との交錯をめぐって」 報告1 20世紀共産主義の総括へ―『オットーと呼ばれる日本人』劇評1島村輝(フェリス女学院大学教授) 報告2 レ・コミュニストとは何者であったのか?―『オットーと呼ばれる日本人』劇評2鈴木規夫(愛知大学教授)、討論 加藤哲郎(一橋大学名誉教授) 、司会 渡辺守雄(筑紫女学園大学教授)。渓流斎日乗さんの参加記が出ています。
● 尾崎=ゾルゲ研究資料蒐集、聞き取り調査などの実施について引き続き、是非ともご協力のほどお願い申し上げます。ご用の向きは、以下の事務局へご一報頂ければと存じます。 尾崎=ゾルゲ研究会事務局:愛知大学名古屋校舎鈴木規夫研究室気付 norioszk@vega.aichi-u.ac.jp/ 20221107os@gmail.com
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私が代表をつとめる尾崎=ゾルゲ研究会のシリーズ第一弾、A・フェシュン編・名越健郎・名越洋子訳『ゾルゲ・ファイル 1941−1945 赤軍情報本部機密文書』(みすず書房)、を刊行した延長上で、シリーズ第二弾のオーウェン・マシューズ著、鈴木規夫・加藤哲郎訳『ゾルゲ伝 スターリンのマスター・エージェント』(みすず書房)が刊行しました。
「等身大のゾルゲ解明へーー尾崎=ゾルゲ研究会発会主旨」(毎日新聞、2022年2月13日夕刊)
シリーズ「新資料が語るゾルゲ事件」尾崎=ゾルゲ研究会編(みすず書房)
アンドレイ・フェシュン著、名越健郎・名越陽子訳『ゾルゲ・ファイル 1941−1945』(みすず書房)
「蘇るスパイ・ゾルゲ」(『週刊朝日』2022年11月11日号)
「スパイ事件 公表から80年 ゾルゲにソ連側が不信感 機密文書まとめた資料集邦訳」(毎日新聞夕刊2022年12月14日)
「伝説のスパイ ゾルゲの謎に迫る、刑死から78年、書籍続々」(朝日新聞夕刊2023年1月20日)
明治大学平和教育登戸研究所資料館 第13回企画展講演会:加藤哲郎「ゾルゲ事件についての最新の研究状況」(2023年5月
)(映像編)
(論文編)
「岸惠子主演『真珠湾前夜』が可能にした学術的ゾルゲ事件研究」(みすず書房HP、2023年5月18日)
<土曜訪問インタビュー>「プーチンの原点は ゾルゲ研究から ウクライ ナ侵攻探る」 加藤哲郎さん(一橋大名誉教授)(中日・東京新聞2023年6月3日)
ゾルゲ事件研究深化、愛知大文庫開設を計画 寄贈資料すでに1000点(中日新聞7月27日夕刊トップ)
<記者がたどる戦争>ゾルゲ事件(北海道新聞、2023年8月11・12・13日)
毎日新聞『ゾルゲ伝』書評:岩間陽子「極東と欧州、同時代の歴史が融合」(2023年7月22日)
読売新聞『ゾルゲ伝』書評:井上正也「大物スパイ 成功と孤独」(2023年9月1日)
東京新聞「ゾルゲ事件の新証言 自白強要や拷問なかった、元特高警察の男性の生々しい記録が見つかる 戦時中のスパイ捜査」(2023年9月18日)
北海道新聞「ゾルゲ事件」捜査つづる遺稿集 元特高警察の男性遺族、愛知大教授に寄贈」(2023年11月9日)
東京新聞「ゾルゲ事件、特高警察の取り調べ記録を「研究に役立てて」 主任警部の遺稿集を遺族が愛知大に寄贈」
● 2024年アメリカ大統領選投票直後の11月7日は、リヒアルト・ゾルゲと尾崎秀実が1944年に国防保安法違反ほかで死刑に処されて80周年でした。私たちの尾崎=ゾルゲ研究会は、11月6−9日に、中国やロシアからゲストを招き、 愛知大学人文科学研究所と共同で、国際ワークショップ「ユーラシア大陸の秩序再編とインテリジェンスをめぐって」を開きました。加藤哲郎「ゾルゲ事件研究の現段階」(「要旨」と配付資料、当日報告パワポ)、上海師範大学・蘇智良教授「上海から東京へ:陳翰笙のインテリジェンス生涯」、モスクワ大学A・フェシュン教授の「尾崎とゾルゲとの個人的・事務的関係 」の3本が基調報告されました。中国からは陳麗菲 、洪小夏、徐静波、馬軍、徐青、臧志軍氏ら、日本から長堀祐造、田嶋信雄、 鈴木規夫、名越健郎、清水亮太郎氏らの報告と討論が行われました。詳しくは、● 24年11月の国際会議の直後、名越健郎さんの文春新書『ゾルゲ事件ーー80年目の真実』が公刊されました。最新の研究成果を盛り込んだ、格好の入門書です。是非ご参照ください。4月26日(土)に、尾崎=ゾルゲ研では、名越さんを囲み合評会を開催しました(茗荷谷・拓殖大学)。詳しくは、尾崎=ゾルゲ研究会ホームページをご覧ください。渓流斎日乗さんの「若い優秀な研究者が現れた」という参加記が出ています。私の健康上の問題もあり、名越さんには、OS研共同代表になっていただきました。
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本学には、以下のようなセクションがあります。学びを志す方は、 どちらのドアからでも、ご自由にお入り下さい。
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新総合カリキュラム(2020年1月、大学院レベルの専修コースに再編しました)
情報学研究室(必修カリキュラム、 リンク集処理センターと歴史探偵収集センターが両輪です)
政治学研究室(総合カリキュラム、永久保存版論文・エッセイ多数収録)
現代史研究室(総合カリキュラム、日本現代史、旧ソ連秘密資料もあります)
情報収集センター (本学の目玉で特別研究室731部隊『「飽食した悪魔」の戦後』特集、「現代史の謎解き」「国際歴史探偵」の宝庫、データベース「旧ソ 連日本人粛清犠牲者・候補者一覧」「在独日本人反帝グループ関係者名簿 」「旧ソ連秘密資料センター」などが入っています!)
■イマジンIMAGINE!(3.11FUKUSHIMA後更新)、■Global IMAGINE、■IMAGINE GALLERY、■「戦争の記憶」 (番外
「大正生れの歌(2018年版) 」「100人の地球村 」)
特別研究室731部隊研究・『「飽食した悪魔」の戦後』特集:「2019年の尋ね人」=731部隊結核班長「二木秀雄」、元北海道副知事「長友浪男」について、情報をお寄せください! ( 戦医研論文、「731部隊と旧優生保護法強制不妊手術を結ぶ優生思想(you tube)」
学術論文データベ ース、図書館 (書評の部屋、エッセイ集カレッジ日誌(過去ログ) 、「98-06ベルリン便り」「99-12 メキシコ便り」「パンデミックの政治学2009」、「 「竹久 夢二探訪記」もあります) )
国際交流センター (Global Netizen College
only in English

Since Aug.15,1997で、2020年1月に大幅改訂しました。開設以来の、ちょっと嬉しく恥ずかしい話。WWW上の学術サイトを紹介するメール マガジン"Academic Resource Guide"第3号「Guide & Review」で、本HPが学術研究に有用な「定番」サイトに選ばれました。ありがたく また光栄なことで、今後も「定番」の名に恥じないよう、充実・更新に励みます。同 サイトは、学術研究HPの総合ガイドになっていますから、ぜひ一度お試しを! 「Yahoo Japan」では「社会科学/政 治学」で注目
クールサイトに登録され、特別室「テル コ・ビリチ探索記」が「今日のオススメ」に、「IMAGINE! イマジン」が「今週のオススメ」に入りました。「LYCOS JAPAN」では「政治 学・政治思想」のベストサイトにされていましたが、いつのまにか検索サイトごと「Infoseek」に買収され、「学び・政治思想 」でオススメ・マークを頂いたようです。『エコノミスト』では、 なぜか「イ ンターネットで政治学」の「プロ」にされましたが、河合塾の「研究者インフォー メーション 政治学」では「もっとも充実した政治学関係HP」、早稲田塾の「Good Professor」では、「グローバ ル・シチズンのための情報政治学を発信」という評価をいただきました。「日経新聞・I Tニュース」では「学術 サイトとしては異常な?人気サイトのひとつ」として、「リクルート進学ネッ ト」にも顔を出し、「インターネットで時空を超える大学教員」なんて紹介されました。朝日新聞社アエラ・ムック『マスコミに 入る』で、元勤務先一橋大学の私のゼミナールが、なぜか「マスコミに強い大学 」のゼミ単位東日本代表に選ばれ「堅実・純粋な感 性」を養う「社会への関心が高い『問題意識』の強い学生が集う」ゼミナール として紹介されました。「 ナレッジステーション 」には、「政治学 ・おすすめ本」を寄せています。早稲田大学客員教授の時に、共同通信配信全国地方紙掲載「こんにち話」で「国際歴史探偵 」と認定していただき、法政大学大原社会問題研究所で「『国際歴史探偵』の20年」を話させていただきました。その後、中部大学「アリーナ」誌で、なぜスターリン批判に入ったかの1970年代の話とモスクワ日本人粛清に関わるアメリカ共産党日本人部の話を、その延長上で「等身大のゾルゲ事件研究」について、毎日新聞と東京新聞のインタビューに答えています。恥ずかしながら、ありがとうございました。


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